2007年01月15日

寒中お見舞い申し上げます&今年の漢字2007予想

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あけましておめでとうございます、と挨拶してよい時期も過ぎてしまい途方に暮れて寒中お見舞い。
月一回ペースも難しいくなっていますが、小ネタはたまる一方です。今年の目標は月一更新!決意表明のための「ウェブ書き初め」みたいな機能が欲しくなってきました・・・(って、思ってたらコチラに発見)

さて雑誌記事に絡むのもあれですが、
「ちょいワルがモテる」はインチキだ (ゲンダイネット)
http://news.www.infoseek.co.jp/gendainet/society/story/15gendainet05017469/)より

若い世代の男は感覚だけで小泉支持が多かったが、私の周りや団塊世代は、『人生いろいろ』『心の問題』なんていう人間のうさん臭さが分かっている。『同世代と話しても刺激がない』と言う若い女性にオヤジの経験を素直に聞かせてやればいいのです

( ´−`) ・・・なんなんだろうこれは。2chでチラッと除いたスレにて脱力。

「凡俗ではない」存在に、鼻の下のばしたどうしようもない俗物がケチをつけている構図。信念の無い凡俗ポピュリストに政治生命をかけての解散総選挙(ギャンブル)などできるわけがないのに。「感覚」で相手を見誤っているのはどこのどいつだ?
いい年こいて「女性が本気で寄ってくるのは、仕事とカネに余裕ができる50歳になってから」などという台詞を公器で垂れ流せる神経がしれないけれど、中年や高齢者が経年「劣化」していると感じるのはhaidarakenekoだけでしょうか?

いや、これも所詮、印象論と過剰な一般化か。
チラシの裏に呟いておきます。
要点は、対抗的メディア(多分、その代表格たる「週刊金曜日」)には、こんなのしか存在してないのか、というガックリ感のほうにあります。
これも話題が古くなりますが「今年の漢字2006」を導きの糸に、以下、このガックリ&不安感について久々の長文。


予想大はずれ ヘ(゚∀゚ヘ)
2006の漢字は「命」。予想が大外れでした。自信満々に予想していた「偽」はTop20にもランクインしておらず。の点でhaidarakenekoも世論を読む力はないなあ、と。でもbloggerには同じような意見の方は少なくない・・・
上から下まで、右から左まで、「偽」や「虚」といった冠詞がかぶせられる事件・事故が多発した一年。
こちらのlovely_ekubo_chanさんによる「ダメ出来事」リストから一例。

耐震偽装、ヒトES細胞捏造、粉飾決算、当たったと強調する占い師、聞いちゃったインサイダー、亀ボクシング、バクダッドは安全、竹島は韓国領土、愛はお婆ちゃんを怒鳴る(24時間テレビ)、新グレーゾーン金利、○○支援募金、天地天命に誓ってえん罪、イジメ自殺者0人、お馬に栄養剤、互換率は100%に近い、必修科目履修漏れ、アタック25でカンニン、やらせテレビ・やらせ質問(愛国心)、ニート・フリーター除外(再チャレンジ)、死ぬ死ぬ難病、動物愛護でがっぽり、そんな事は言ってません(郵政造反組)、予想外0円
(「あなたの一文字は?」)

たいへん、よくまとめて下さってます。あー、こんな事もあったなあ、と思いだし切なし。
ありとあらゆる物事の「ゴマカシ」が行われ、明るみに出、そして指弾された一年だからこそやっぱり「命」ではちょっと役不足との印象を免れませせん。人の世の「偽」は無くならないものでもありますが。

「偽」現象を一歩離れて眺めてみる
ただし客観的に眺めれば、この「偽」現象自体をすぐさま全面否定してしまうのもどうかと。少なくとも脊髄反射的に「若者のモラル低下」や「公共心の融解」を連呼するのは拙速であります。

なぜなら「偽」の発見と指弾の増加は、人々が他者に求める「公正」のレベルが高まっていることの結果だから、とも考えられるからです。
もちろん「偽メール事件」のような誤爆もあるわけで、「偽」現象のすべてをそれに帰すことは無理があります。ただ、これまでば「バレず」にやってきた・やってこれた事柄(ex.談合など)を衆目に曝し糾弾しようorすべきである、との共通了解とそれを可能とする制度設計(ex.告発者保護など)や技術(ex.新興メディア=ネット)がだんだんと力を付けつつあるように見えるのです。

だとしたら偽装マンションの入居者など被害を直接被った人々には不幸だけれど、社会全体としては決して悪い現象とは即座にいいきれない。無ければ無いに越したことはないけれど、けれどやっぱり知らなけば知らないほど不幸なことがあるわけです。そしてそれらが白日の下に曝されて、社会総体として自浄作用が働いている、と捉えることができるわけです。

消費者レベルの「安心・安全」の希求は時に過剰な拒否反応のような事例(ex.BSE騒動)も引き起こしはします。けれど長期の時間尺度からみれば、このような市場を通じた「社会的浄化」が消費者運動などの経済面での作用を超えて社会全般に広がってきているといえるのではないでしょうか。
このような「自生する質的向上システム」のゆっくりした成長こそ、市場経済を基軸とした社会の核心的な優位ではないかなぁ、とグルグル考えを巡らせる昨今。

嘘を嘘とみぬく社会的機能
だだし、各種ブログやネット上の声に比して、既存ジャーナリズムの質的向上がついて行けてない感も否めない。これが本論核心。

先日、2chの閉鎖危機が伝えられました。最近は有力なbloggerの発言力が伸びてきているとはいえ、まだまだ社会全般の虚偽を明るみに出す「きっかけ」を与えてくれるのは「嘘を嘘と見抜けない人」だけが集う(?)2chであります。
N速のように、大半がジャーナリズム批評となっている限界はあったけれど、しかし2ch無しには成し遂げられなかったであろうことは数多いはず。
にも関わらず毎日新聞が今になってこんな与太記事を連載しています。
結局のところ第一次情報の提供者にとっては、うざったいオンブズマンでしかなかったのかもしれません。いや、むしろ積極的に「虚偽」の製造に荷担してきたからこそ、「消費者の圧力」に基づいた変革に消極的なのかもしれない。

話を政治現象に絞れば(J・ベンサムがそうだったと思いますが)大衆民主制を市場の比喩で眺める視点があります。いわく、人々の自由な商品の選択(投票行動)によって最も質の高い財・サービス(為政者)が生き残る、というもの。
それに則るならば、報道機関の機能(第四の権力)とは「まっとうな政治」にむけての消費者(有権者)の取引コスト削減の役割を意味するのではないでしょうか。けれど、そこでのさばっている自称「ジャーナリスト」がの冒頭の記事のような人物ばかりだとすれば、2ch無きあといったい誰が何処で「嘘を嘘とみぬく社会的機能」果たし、取引コストを削減してくれるのだろう。

既存ジャーナリズムに期待しない、という方向性は十分にあり得るし、そのような声も少なくない。醜悪劣悪な報道に曝されていると理解した人々がそれを強く望むとしても仕方がない。
だけど、この国にまだ既存ジャーナリズムの代替者はいないはず。必要なのは「名目」ではなく「機能」。「個人の自由を実現しつつ私人の不法行為を抑制し、統治機構の怠惰とクレプトクラシーの無い社会が既存のジャーナリズム無しに達成されるには、どのような「機能」が必要なのか?」と問わないならば、結局は新聞がダメ、ネットもだめ、といった神学論争になってしまう。各種検討されている「表現の自由」の抑制につながる法制度案なども同様の視点から判断されうるはずです。

今日のまとめ
今年の漢字一文字を二字熟語で答えたお茶目なリーダーがおられます。多数の支持母体に支えられているけれど、その調整を「責任」というならば、それはほとんど「傀儡」政権同然ではないでしょうか。
「信念」と「善意」が多様であることを前提とする憲法秩序下ではその意志主体を白日のもとに曝すことが求められます。けれど、もしも強烈な「信念」と「善意」をもった人々が傀儡の背後いるとすれば、見定めるべきは表層ではなくそちら側のはずです。

目の届かない間に、「善意」に基づいたためらいのない洗練された統治の技法が繰り出される。賛成と反対が明確となるような、イデオロギー的なトピックが煙幕として使用され、野党の目がくらみ戦力が分散している間に「実利」に則った施策が決定・遂行することになる。
「俗物」ばかりでないからこそ、統治は成立し回転します。浅薄なこき下ろしが絶えることがないとしても、統治に携わる人たちはみんな優秀で合理的だと思って差し支えない。俗をも飲み込む「信念」と「善意」の人々こそエリートなのだから、きっと俗物を適度に欺くのも容易なはずです。
果たして、薄っぺらい俗物にそれが見えるだろうか。既存ジャーナリズムがだめなら、誰がその任を担えばいいでしょうか。

疑わしいことが、疑わしいままに。グレーっぽいことがグレーのままに回転し続ける現状を眺めるしかないとき、無力感だけが人々の意識の隙間を徘徊することになる。
今年の漢字2007予想はは再び虚偽が暴かれ続けることを期待して「虚」としたい。
無力感による「虚」しさが、社会を覆わぬことを願いつつ、です。


追記:20070115
なんだかフランスの新聞読んでるようなウネウネした文体・・・
文章力落ちてるのかな・・・
ひとまず「代替機能」という以上、既存のマスメディアの仕事をもう少し詳細に分けて見てみる必要があるでしょうね。一方は「情報収集」、もう一方は「情報選別・加工・編集」ですが、ひとまず前者だけならば「情報収集コスト」を下げる方向性が思い浮かびます。

つまり自己情報の所有権もコントロール権も認めない世界(=情報共有主義社会)。当然、プライバシーなどというものは認められず、毀誉褒貶も自由。統治に携わる人々のチェックも容易だけれど、一方でいつ自分の隠し通したい事柄があふれ出るか分からないような社会。多分誰も賛成しないでしょうねーそんな社会は(・∀・)
まあ、まったくのSFとも言い切れないと思いますが・・・
posted by 灰だらけ猫 at 20:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事ねこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by として at 2007年08月25日 07:19
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Posted by 議席増を狙う at 2007年08月30日 03:42
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