2005年12月10日

「世界は『弱肉強食』なんかじゃないということ」エントリの補足 コメントへ欄への返答もかねて

papa-2.jpg

コチラのキーワードについての、おとといのエントリにコメントをいただきました。

>jackさん

まずは長大なコメント有り難うございます。感謝感謝〜。正直、長文エントリに反応ゼロだと淋しいのでー(;´Д`)

で返答を書いたらこれまた長文になりかけたので別エントリにしてみました。
Jackさんのコメント

「戦争による優勝劣敗は力によって決定する。だから「強者」と「弱者」が明確になりうるし、また大概において「弱者」は「強者」に組み敷かれる。
しかし市場における優勝劣敗は、その資質や能力によって決まる。プレイヤーは個々バラバラに自らの優秀さを競い合い。お互いがICBMを飛ばしあったりはしない。加害者は存在しないし、被害者も勿論存在しない。」
元エントリの第二項)

ここの議論は非常に現実に即していない、ナイーブなものだと感じます。むしろこっちのほうが、観念的な「理念型」ではないでしょうか。

なぜなら市場における競争において、競争が言われるとおりのものであるためには、各自の勝つための努力が「独立」でなければならない。これは非常に理念的な、そして現実に即さないモデルです。

現実には、競争は、攻撃や足の引っ張り合い、つまり、「自己の優秀さを高める」という「絶対的な、相互独立な競争、自分との戦い」ではないもの、戦争類似の「相手の優秀度を攻撃して低めることで相対的優位を確保する、有限リソースの実力行使による奪い合い」の面も色濃く持っているからです。

競争が、攻撃フェーズを持っていない、本質的には自己との戦いである、というのは、いわば陸上競技のイメージです。しかし、市場競争は、陸上競技とは異なり、隣のやつをけっても邪魔してもいいわけですよ。

これが一点。

もう一点は市場競争へ参加することは任意的なオプションではない、ということです。そのため、「利益が見込めない場合は参加しない」ということができない。すべてのひとには生活費が必要です。

そのため「競争」は自由参加であり、そこに選択の自由が確保されていればこそ、陸上競技的なモデルで説明できるのですが、しかし実際には、この「生活費の必要」が市場参加プレイヤーをして、「意に染まない経済行動を強制される・させる」という事態は現実化可能であり、実際、われわれは「それが利益を望めるから」という理由で経済行動をしているとは限らない。この点で、「強者による攻撃・権利侵害」という事態は、経済内在的に発生します。
Posted by jack at 2005年12月10日 18:45


灰だらけネコからの返答

前口上はおいといて早速いきます。
まず、その二番目の後半部分「市場競争へ参加することは任意的なオプションではない」という点はほとんど賛成です。そうですよね、大概の人はゴハンのために働かざるをえません。

ただ前半部分には与しません。「市場とは何か」の項全体は、確かに理念型です。そして理念型とは「ナイーブ」な観念そのものにほかなりません。

理念型Idealtypus
歴史・社会現象の質的「個性」と抽象的「一般性」の対立を調停する、M.ヴェーバーの社会科学方法論の基礎概念。(中略)
理念型は、現実の有意味で多様な諸特性から(価値解釈)、特定の観点を主観の価値関心に従って一面的に選択し(価値関係)、それを論理的に整合化することで構成される(歴史的個体)。理念型は人為的虚構物なので、あくまで、明晰な論述や現実の質的特性の確定、因果帰属の仮説形成などのための実用的「認識手段」であるとされる。 
(序 茂)
弘文堂 『縮刷版 社会学事典』平成6年初版 p913

なんだか話が横にそれそうですが、要は「理念型」の導出は、論者の主観的価値判断を経ずにはいられません。
そのため、ここはjackさんと私との間の「競争の激しさ」への価値判断によって差異が生じます。

ではJackさんのコメントを検討

第四パラグラフ内の「戦争類似の〜色濃く持っている」がJackさんの市場経済認識ですが、このような略奪的市場観は19世紀の経済自由主義への評価としては間違っていないと考えます。ロックフェラーなんかは相当酷かったようですね。

そして当時の良識ある人びともそのような理解を示していたようです。そのため欧米では19世紀後半以降、工場法や反トラスト法をはじめとして、労働者や公正な競争を保護する制度が整備されてゆきました。この点は同意していただけると思います。

それでは現在の、日本の経済制度はどうでしょうか?「新自由主義」的規制改革が進んでいるという人もおられますが、まだまだ労働三権もPL法も失われそうにありません。問題全くなしとは言いませんが、19世紀のそれよりずっと「公正」で「well-organized」ではないでしょうか?

また「小さな政府」とともに「大きな司法」へむけての制度改革が進められている昨今、今後もしばらくは様々な立法措置や監査組織による介入が、反「競争」的事象へ執行されると考えられそうです。
「隣のやつをけっても邪魔してもいい」としても、そういう行為は同業者からも歓迎されないではないでしょうか。「信用」への目線は厳しいものですし、せいぜい、「ギリギリルールの範囲内」の抜け駆けが関の山ではないかと考えます。昨今話題の企業買収の場面でも大きな法令違反はないようですし。

経済犯罪がゼロになる日はないでしょうが、例の手抜き設計事件を見てもわかるように社会悪を処罰する機能は稼働しています。そのような現実認識から、私は現代日本では相当程度まともな「競争」が行われている、またそれが諸々の制度によって担保されていると判断しました。

そういうわけで、私は市場を「戦争」ではなく「競争」の場であると、「弱肉強食」ではなく、消費者によってより良い商品の、より良い労働力の選別を経て「適者生存」が実現される場であると言い切ったわけです。

前回のエントリは何が言いたかったのか

そしてJackさんの市場メカニズムへの評価のあり方と、その背景にあるだろう現実認識について検討したのが、あのエントリの後半の長文なわけです。
なぜ市場を「戦争」と言うのか、言わずにいられないのか、そう言うことに今も何らかの利益があるのか、その利益は望ましい未来を担保するのか等々。
悪文なので「意味わからん」と言われるとスイマセンと答えるしかないんですが、昨日のエントリの肝はそちらでした。

しかし、正直「市場とは何か」の項は舌足らずだし、抽象論過ぎると自分も思っています。
そもそも、これまでいったい何万の哲学者、経済学者、社会学者が「市場」を論じてきたことか。素人がうんぬん言える領域ではないのかもしれません。ただ、そこに触れないと論が進まないことが推敲中に分かってきて、そな、やったるでーと冒険してみた次第です。

蛇足になりますが、私は「戦場」も「市場」も「適者生存」を実現する場であるという点では同じ性格を有するものだと考えます。
そして「戦場」は暴力の行使を許容し、「弱肉強食」という作法によってそれを実現する場である、と捉えています。一方で「市場」は、すべてのプレイヤーが一定のルールに則り、非暴力的にそれを実現する場である、と捉えています。
もちろんこれらは理念型もいいところで、現実の発展途上国や「市場化」を目指す旧社会主義国では前者と後者の要素が混沌と入り乱れた状態にあります。現在先進国といわれる国々でも、数百年の時間を掛けて社会制度等が整備され、今も尚その途上にあるといえます(知的財産権等)。歴史に法則も理論もあるとは考えませんが、大方の国々が辿りつつある歴史とはこのようなものではないでしょうか。

時間さえあれば諸々の社会理論が「市場」をどう捉えているか勉強してみたいものです。社会システム論のいい入門書ってないかなー。

コメントは有り難い

ま、かなりの勢いで書いたものなので粗はいくらでも出てきそうです。修正せず曝しときますので、今後とも有益なコメントをいただければとおもいます。ではでは。

追記1 2005/12/10
検索してみたら、uumin3氏がよく似た疑問点からエントリを書かれている。徒然と綴られてはいるけれど、
何か思いっきり自分の頭の中で思考実験し、思い詰めたところに架空の「悪」が見えているように見受けられます。

またコメント欄の
でも多くの新自由主義の批判から「弱者」という言葉を抜いたり、倫理的に許せないという感情を抜いた場合そこに残るのは何でしょうか?

にもしびれた。こうゆう鋭利な刃物でズバッと切り込むような一言は (・∀・)イイ!
マジックワードとしての「新自由主義」「弱肉強食」。ジャーナリズムの用語が感情的にバラまかれている印象を持っていたのは、どうやら自分だけじゃなかったようだ。

追記22005/12/11
「また「小さな政府」は必然的に「大きな司法」を導きますゆえ」の一文を修正。必ずしも「必然」とは言えないなあ、と。

追記32006/01/09
タイトルを変更。「蛇足」部分を追記。
posted by 灰だらけ猫 at 20:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事ねこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
トラックバックいただきました。面白い視点で記事を書かれていますね。私は経済にはとんと素人ですが、それでもおかしげなところがあるように思って書かせていただいただけで、ちょっとお恥ずかしいです。
ありがとうございました。
Posted by uumin3 at 2005年12月12日 21:36
>unmin3さん

わざわざコメントありがとうございます。
経済については私も素人に毛の生えた程度です。ただ、ここで取り上げた言説というのは、経済論理による分析ではなく、政治的意図を背景なされていると解釈し、多分私のような素人にもコメントする余地があるだろうと思っています。
他のエントリもいくらか読ませて頂きましたが、これからもuumin3の鋭い一言を楽しみにさせていただきます。
Posted by はいだらけネコ at 2005年12月12日 22:37
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